Wildernessへの遠征~Paul Petzoldt part2~
WEAの創始者Paul Petzoldtのpart2です。彼については書くことが多すぎて何回続くかわかりませんが、せっかくですので、知っていることを残す意味でしばらく継続しようと思います。実際、WEA関係者以外にあまり有名な人ではないのですが、やはり冒険教育分野での貢献は絶大だと思うので、WEA関係者はプライドを持ってポールについて語りついでいきましょう!
たくさんの貢献がありますが、私個人が思う一番の貢献は、イギリスから入ってきたOutward Bound(OB)をアメリカのwildernessという地を活用した遠征(Expedition)という形態で展開したことだと思います。1962年にコロラドでJosh Minerらが始めたOBプログラムで初代チーフインストラクターを務めたようですが、イギリスでは自然環境は活用されていましたが、あまりwildernessではなく、また遠征というより施設を利用した実施が中心だったと言われています。それがどのようにwilderness expeditionにて展開されるようになったかは、知られていません。私はコロラドのOBにて3シーズンインストラクターをしましたが、今は閉鎖されてしまった歴史的に重要な2つ(MarbleとSilverton)と、現在も中心的な大規模ベース(Leadville)という3つの支部にてそれぞれのシーズンを過ごせたことは非常に幸運でした。その中の一つ、最も古いMarbleのベースが閉められる最後の年に数週間過ごさせてもらい、その歴史を体感できたことは印象深い体験です。Marbleベースまわりのコースロケーションには、Walshや、Golin(プロセスモデルで有名ですね!)、Tap Taply(ソロを始めた人?)など有名な初期のインストラクターの名前の付いたピークや地名が多くあり(地図上には載っていません)、独特のルートや宿泊地、ロックサイト、サミットルートなどそれぞれに初期のインストラクターの情熱が感じられました。当時どのようにプログラミングされていたかはわかりませんが、イギリスから伝わってきたOB理念をアメリカンロッキーのwildernessで遠征という形で展開したことは、最高にクールなアメリカンスタイルだと思います。そしてそのwilderness expeditionを冒険教育実践の中核として発展させ、指導者を育てるためにその指導法や教育思想を確立させたことこそがポールの貢献であり、Kurt Hahnが冒険教育の父なら、ポールはWilderness Educationの父であると私は勝手に授業などで話しています。そして、wilderness educationが冒険教育実践に最も効果的な方法であると信じています。実際多くの重要な冒険教育のトピックはexpeditionから生まれています。以下、expeditionに関するポールの教えや考えなどを紹介します。
Expedition Behavior(以下EB)(遠征における集団行動心得) OB,NOLS,WEAという代表的な冒険教育団体すべてにおいて重要視している教育トピック、みなさんおなじみですね。みなさんそれぞれどのように説明しますか?これについては、冒険教育の指導に関わる人であれば、一度は必ず原文(Wilderness Handbook, 1974)を読みましょう!1938年のアメリカ登山隊K2遠征の一員としてポールは参加しましたが、K2登頂は果たせませんでした。遠征隊長とポールが当時の北アメリカ人としては無酸素での最高到達点へ達しましたが、遠征隊としては登頂に失敗したことについて、登山技術や天候、運が原因ではなく、EBがなっていなかったからであると後に話していたそうです。つまり、隊員が自分勝手になり、遠征隊の集団としての機能が破綻していたからだそうです。
以下Wilderness Handbookからの引用です。
An awareness of the relationship of individual to individual, individual to group, group to individual, group to other groups, individuals and groups to the multi users of the region, individual and group to administrative agencies and individual and group to the local populace. Good expedition behavior is the awareness, plus the motivation and character to be as concerned for others in every respect as one is for oneself. Poor expedition behavior is a breakdown in human relations caused by selfishness, rationalization, ignorance of personal faults, dodging blame or responsibility, physical weakness and in extreme cases, not being able to risk one’s own survival to insure that of a companion (Wilderness Handbook, 1974, p.168).
「EBとは、個人から個人へ、個人からグループへ、グループから個人へ、グループから他のグループへ、個々人から地域における多様なユーザーの集団へ、個人とグループから管理団体へ、個人とグループから地元の人々へという多様な関係性への意識である。よいEBとは、意識にとどまらず、一人一人それぞれを敬い、他者を思いやるモチベーションであり、気質である。悪いEBとは、身勝手や屁理屈、自分の落ち度を無視したり、責任転嫁や批判、体調不良から引き起こされたメンバーの関係の崩壊であり、最悪のケースは個人や仲間の命を危険にさらすことになりかねない」(林直訳)
実際にはそれぞれの現場で多様な形でEBは解釈され、説明されています。私は4つに整理した形が分かりやすいのではないかと思い、それぞれの関係性へ意識を向け、すべての関係がハッピーであることが個人としても集団としても成長・成功につながると説明をします。まずは、自分自身との関係。自分が元気であり、目的へのモチベーションが明確で、気力体力充実した状態でなければ力が発揮できないだけでなく、他者や集団を思いやることはできません。体調を崩すと自分がしんどいだけでなく、集団のためにもならないので、自分が元気でいることは、集団にとっても大切なことです。自分の体と気持ちを大切にすること、これはあまり日本で強調されないので、最初アメリカで言われてもピンときませんでしたが、非常に重要です。第一原則としてまず一人一人が認識したいところです。その大切な自己の個人が集まっての集団です。次に、他者との1対1の関係です。集団の中には、気の合う人、合わない人がいるのがあたりまえです。どうも合わないとか、イライラするとかは、サインです。それを感じるならそれを後回しにせず、そこに向き合うこと。その人と関わり、話をする機会を増やすとか、良いところや共通する興味を見つけるとか、その人との関係を向上させる努力をする。どうしても気が合わなくても、お互いが目標をもってその遠征に参加している者同士として尊重し、それぞれの成長を支え合う必要があること、そのためにどう関わるか、お互いが納得できる関わり方を見つける。3つ目は個人と集団との双方の関係です。集団がいいなら、自分が我慢すべきという自己犠牲の精神は、長続きせず、個人や集団の成長にはつながりません。誰かが体調が悪いのを言いだせず、無理をして、もっと悪くなるとかえって集団に影響します。自分ばかり片付けしてる、自分の努力をみんなはわかっていない、などの感情も徐々に集団を信頼できなくなったりしますよね。体調の悪い人、いつも集団のために努力してくれる人、気づかいしてくれる人、そういった個人を認め、感謝し、支え合える集団でいたいですね。ラグビーの「一人はみんなのために、みんなは一人のために」はまさにこれですね。そして、4つ目ですが、遠征や合宿といった集団での濃密な時間を過ごしていると、その集団だけに目が向きがちで、一般社会や集団の外へ目が向かなくなる傾向があります。ただ、遠征ができるのは、送り出して、待っていてくれる家族がいる、マネジメントでのたくさんの手助けを受け、地元の人、土地管理者などに受け入れてもらっている、緊急時に頼れるところがあるおかげです。また同じ場所に多様な目的をもって訪れている人々もいるでしょう。直接関わるかどうかにかかわらず他の集団との関係を意識することは、集団や個人の行動にとって重要なことです。
ポールは、EBは“教えることのできる基礎スキル”であり、個人やグループの成長に重要と強調しました。その展開方法は様々ですが、始めにグループノーム(約束事)として決めておき、ふりかえりで意識を向け、必要に応じて見直すことを集団として継続すると、個人にも集団にも効果的であり、嵐や食糧不足の時など状況が悪い時に非常に効果的であると説明しています。また、社会の中でのポジティブなコミュニティ形成に欠かせない要素であることも強調しました。OB、NOLS、WEAその他多くの冒険教育団体にこのEBは浸透している重要な学習トピックです。
他にもExpeditionならではの指導法や考え方はたくさんあります。
Don’t move for the sake of moving. Group move from one teaching site to the next teaching site.
直訳すると、「移動のために動くな、groupは学習サイトから次の学習サイトへ移動する」となります。川一本、どこをどうやって渡るか決定し、実践する。それは移動ではなく重要な学習トピックです。手分けして下見し、状況を分析、理解し、どこをどのような方法で渡ることがより安全かを集団の同意で決定し、安全に実行する。状況判断、意思決定、リーダーシップ、安全管理、環境理解・・・たくさんの学習トピックに関係します。ただの移動ではなく、遠征の場面一つ一つを学習・成長の場として参加者に体験させてもらうことが指導者の役割と説明しています。Teachable moment(ティーチアブルモーメント)や、grasshopper methods(グラスホッパーメソッド)に通じますね。
また、遠征中には人間の本質が露呈するとして、“Let’s see real people”という言葉をよく使ったそうです。長期の遠征では、心身共に追いつめられる状況になることがあり、そういう時こそ人間の本性が見える。そこから目を背けず向き合うことが人間性の成長につながるという考えだったそうです。初期の5週間のプログラムでは、終盤になると食料不足になっていたようで、その状況での人間の本性を目の当たりにし、グループダイナミクスに刺激を与えることは、個人・集団が現状に向き合い、EBをふりかえり、行動決定する学習機会と捉えていたそうです。OBでもWEAでも遠征に山羊を連れていくことがあったようですが、その山羊も最初は荷物を運んでくれ、長く遠征を共にする中で仲間となり、最後は食料とするという過程に関わることは、多様で複雑な感情を味わうことになり、サバイバルスキル獲得に留まらないダイナミックな遠征ならではの学びであったようです。
登山家として開発した様々な登山テクニックも遠征技術として、また遠征計画を立てるためにカリキュラムへとりいれられました。rhythmic breathing(呼吸と歩行をリズミカルに同調させる登山歩行技術)、 sliding middleman(効率的に互いを確保しながら雪面を移動するスキル), energy consumption technique(距離や時間だけでなく、エネルギーレベルを加味した移動計画)を開発し、状況判断に基づいて発展的に取り入れ、実践するというところが、スキル学習に留まらない遠征の教育成果へとつながるのでしょう。
長くなりましたので、また次回へ持ち越します。やはり、ポールのリーダーシップ、環境認識、リスクマネジメントについての考えなどは、今後取り上げたいと思っています。
林 綾子(WEAJ理事・びわこ成蹊スポーツ大学)
EB理論を導入した遠征指導についての研究論文です。興味のある方はどうぞ。