エクスペディションで食を通して命に向き合う

日本でもBlack Fridayという言葉が広まってきました。なんのセールだかわからないけど、年明けまで待たなくてもバーゲン始まってる?って感じでしょうか?ご存じの方も多いとは思いますが、アメリカでは11月第4週木曜日をThanksgiving Dayといい、家族が集い、収穫の恵みへ感謝する休暇です。七面鳥を焼き、ご馳走を作り、食事や家族での時間を満喫します。その翌日が金曜日であり、一気にクリスマス商戦がスタートすることから黒字へ転換する日としてBlack Fridayだそうです。Black Fridayは徐々に広まってきましたが、七面鳥の丸焼きはあまり広がりませんね。日本ではおめでたい食事の象徴として鯛が出てきたりしますが、やはりアメリカでめでたい席には七面鳥の丸焼きなど大きな肉の塊は欠かせないようです。肉をいただくということは、狩猟民族としての原点を感じるというような意味合いもあるのでしょうし、現在も狩り(Hunting)はメジャーな趣味であり、狩り自体をプログラム化しているアウトドアプログラムも多く存在します。私も野外実習中にライフルを持ってきているインストラクターに驚き、森の中で撃たせてもらったこともあります。文化伝承・アイデンティティの伝承のような意味合いもあるのでしょう。Wilderness Expeditionにおいてもそういったアメリカらしさは取り入れられていたようです。

Paul Petzoldtが始めた初期のWEAコースは、全くアウトドア経験のない人をエキスパートにする5週間だったようです。以前紹介したように、“Don’t move for the sake of moving. Group move from one teaching site to the next teaching site”. 「移動のために動くな、グループは学習サイトから次の学習サイトへ移動する」ことを継続しながら、多様な状況での判断・意思決定を行い、リーダーシップを磨き、個人としてまたグループとしての成長を遂げることを目指していましたが、長期遠征では様々な問題や衝突が生まれます。それこそが生きた教材だったようで、そんな時こそ真の人間の姿が出てくると、そこから目をそらさず、向き合え、“Let’s see the real people.”とよく言っていたようです。その人間性が特に露わになるのが、グループとしての食料が枯渇しつつあるときだったようです。

今のWildernessプログラムでは、バックパッキングのスタイルでは通常7-10日が自分で食料を運んで遠征を続けられる限度であると言われ、7-8日に1回食料補給をするルート設定を行います。カヤックやヨットなどのプログラムではもう少し長いスパンでの遠征も可能です。山をベースとしたプログラムではすべて自分で運ばなければならないので、1日当たり食料の重量としては1kg程度、さらに水や他の装備と合わせると自力で運ぶことのできる重量は1週間程度、かなり頑張って10日間となります。それでもやはり5日目を過ぎると、残っている食材は内容や量が偏り、いかに工夫し、メニューを考え、調理し、食事を楽しむかが課題です。みんな疲れもたまり、食欲が進まなかったり、あるいは食料不足でエネルギー不足だったり、グループの士気に大きな影響を与えます。そんな時は決まって“ポットラックパーティー。”余り食材を集め、使えそうな食材から試行錯誤して調理した料理を持ち寄り、楽しくおいしい食事会。そこで知恵や調理の工夫・スキルを学び、質素ながらもパーティー気分を味わい、心の充足も味わいます。残りの日々は、次の食料補給を心待ちにしながらひたすら残り食材を工夫してしのぎます。待ちに待った補給の日(re-supply day)に、食料袋に次の1週間分の食料を積み込み、再出発するときはずっしりと重たくなったザックに苦しみながらも食料を手に入れた安心感と次の挑戦への意欲を感じます。

あまり食材でのポットラックパーティー 

1週間単位での補給でも不十分さを感じていたのに、5週間をどうやって凌いでいたのか、どうやって補給を行っていたのか、そこにはいろんなストーリーがあったようです。私が最も印象に残っているのは、Paulは遠征に山羊を連れて行っていたということです。5週間のうち、何度補給があったのかはわかりませんが、今よりは頻度は確実に少なかったでしょう。また、装備も大きく、重く、かさばっていたはずです。山羊は食料や装備の運搬に非常に役立ち、遠征のメンバーの一員として、グループを助け、癒し、重要な存在となっていったそうです。そして、遠征後半になり、食料が尽きてくると、最後は食料となり、グループへ貢献するという役割りだったようです。

遠征後半、それまでの活動の疲労の蓄積、緊張感・ストレスの高い活動の連続、新鮮味のなくなった野外生活、特定のメンバーとの長い共同生活、衝突する要素は日に日に増加する状況での追い打ちをかける食料不足。イライラしたメンバー間での食料をめぐるトラブルは絶えず、Expedition Behaviorは危機的状況。おそらくそのころがFinal Expeditionなど最大の挑戦を迎える時期でもあります。残りの遠征を元気にやり遂げるために、十分な食料補給が欠かせない。山羊は最初から食料とするために帯同させていた。しかしだからといってすんなりとそれを受け入れることのできないメンバーの気持ちも当然である。山羊を食べるのか食べないのか、食べるのであればどうやって食べるのか、グループでディスカッションを重ね、決定し、実行する、その一連のプロセス、それこそがまさにそこでしか得られない貴重な学習機会だったそうです。グループとしての意思決定から実行しても、実際にはどうしても食することのできないメンバーも多く存在したそうです。吐き出す人も多かったとか。なんとインパクトのある体験でしょうか。

私自身は、そこまでの体験はしたことがありませんが、過去のそういった活動は非常に大切なものと今でも捉えられているようです。コロラドのOutward Boundでインストラクターをしているとき、コースとコースの合間の日程に行われた研修に参加したことがありました。研修内容は「生きた子ヤギを食す」というものでした。興味半分、怖さ半分で参加しましたが、そこに現れたのは可愛らしい子ヤギでした。すぐにその研修参加を後悔しましたが、そのインストラクターのファシリテーションがあまりにも見事でした。彼女は、現在の冒険教育現場で実際に山羊を殺して食料にするということはしないけれども、敢えて研修として体験する意味を参加者に考えさせ、すべての行為を非常に神聖に取り仕切りました。心配していたグロテスクな感じは一切なく、肝心の瞬間はさっと木の陰で行い、私たちは、その瞬間の子ヤギの鳴き声だけが耳に残りました。その後の子ヤギの扱い方もこの上なく優雅であり、リスペクトに満ちており、全ての部位を大切に食料として最大限に活用することを教えてくれました。腸詰のソーセージを作るところまで行い、すべて食し、神聖な気持ちのまま命をいただいて生かされていることをとことん感じさせてくれました。

完璧に神聖な儀式で感謝の気持ちに包まれました(写真はぼかしています)

非常にインパクトのある体験となり、初期のWEAコースでPaulが伝えようとしていたことを想像する材料となりました。私が十分に理解できているとは思いませんが、一緒に研修を受けた他のアメリカ人インストラクター達にとってもインパクトは大きく、特にアメリカ人としてのアイデンティティに刺激を受けた様子でした。Wilderness Educationの奥深さ、豊かさ、歴史や文化とのつながりを感じた体験でした。まさにAmerican wayではあるけれど、人間としての本質的なところを感じられた貴重な経験です。

こちらもとってもアメリカンな、シナモンロール。ちゃんと防火用のシートの上での調理。

林 綾子(WEAJ理事・びわこ成蹊スポーツ大学)