Rules are for fools. PP語録~教育編~

アメリカの野外教育現場で非常に効果的だなと感じた手法が、言葉の引用です。英語ではquoteとか、単にsayingと言ったりしますが、野外教育に限らず、教室の授業や実技でもよく活用します。Outward Boundは特に使っていた印象がありますが、“今日の言葉”というようにブリーフィング、あるいはディブリーフで用いたり、そのテーマでジャーナリングを行ったり、レッスンの中で使うなど用途も広く、非常に効果的だと思います。Paul Petzoldtの言葉は、彼の哲学や人柄が現れ、独特かつ説得力もあり、彼のセンスの鋭さが伝わってきます。ティーチアブルモーメントを判断し、活用すると、この上なく効果的です。今回は教育関係の言葉をいくつか紹介します。ぜひ指導に取り入れていってください。

① Rules are for fools.

 “ルールはバカのためもの。” Judgement(判断)についての指導でよく使われる言葉です。イギリスの首相であったチャーチルの言葉を引用したものかもしれません。自分で考え、判断できない人のためにルールはあるのだということだそうです。

もちろんルールを完全に否定していたわけではなく、全員納得の上でのルール設定は、グループとして絶対的に大切にすべきものとして有効です。例えば、グループノーム(グループコントラクト)の設定や、インストラクターや組織としての絶対的なルールは必要です。ただ、何も考えずルールだから仕方ない、というのではなく、その意味を理解したうえで、実行することの必要性、逆に現状にそぐわないルールは考え直すよう問いかける意味があったようです。グループノームはグループダイナミクスによって変化して当然です。

有効なやり方だなと思ったのは、スタティックルールとダイナミックルールの設定です。スタティックとダイナミックとは、ロープの特性で、クライミングをやっている人は知っていると思いますが、スタティックはレスキューロープとして使われる伸び縮みしないロープです。ダイナミックロープは伸縮性があり、クライミングでのフォールの衝撃を吸収してくれますが、フォール時に伸びた分だけ下に下がるため、低い場所でのリスクが高く、消耗も早い。つまり絶対的に例外なく従うべきルールと、状況による判断の必要となるルールという違いです。スタティックルールは、暴力禁止、違法薬物の禁止などです。ダイナミックルールは、基本的には従うべきルールだけども、状況に応じて他を優先するかもしれないという意味です。“ギアや自然を大切にする”というルールは、命に係わる状況では、優先されないかもしれません。“グループ行動”なども、教育上、安全上優先されないこともあるかもしれません。やはりキーはjudgementです。

Educate, don’t legislate! “決まりを押し付けるのではなく、教育しろ!” この言葉もよく言われたそうですが、同様ですね。そういうものだから~と思考停止になることこそが危険であり、思考のトレーニングにウイルダネスは最適な場所です。

意味を考え、理解してルールに従いたいですね

② Don’t give me college answer, tell me why.

“大学の回答みたいな答えはいらない、理由を説明しなさい。” 初期のWEAコースは、参加者ほとんどが大学教員だったそうです。その参加者に対して、この言葉は、相当なインパクトだったでしょうね。同様に“Words mean nothing.(言葉は何も意味がない)”ということもよく言ったそうです。わかった気にならず、しっかりと状況を理解し、深く考え、自分の言葉で説明する。核心を突く言葉です。私自身、大学教員として、学生に論理性やら、因果関係やらと大学らしい言葉を使いますが、要はこれですね。自戒のために、時々思い出すようにします(反省)。

③ If you are not comfortable, you are not doing right.

“もしあなたが心地よくなく感じているなら、それはあなたが正しいことをしていないということだ。” 私の一番のお気に入りです。どこか心地よくなく感じる感性は、とても大切な機能です。

高所での遠征中、どうも天候があやしく、どうも気持ちよくない時がありました。でもすでにテントを張り、食事の準備も進んでいて、今更宿泊地を移すのは相当面倒。でもどうもやはり気持ちが良くない。それは重要なサインです。わざわざ移動しなくても大丈夫じゃないかなと望む気持ちに、判断を迷わされました。別のインストラクター、受講生とも相談し、パン作りの最中で発酵中のドウをお腹に入れて、逃げるように低地へ下りました。濡れながら新たなキャンプを設置し、遅い夕食となりましたが、元の場所にいても大丈夫だったかもしれないという気持ちもありましたが、高所で感じていた心地悪さは消え、”I’m doing right.” と、正しいことをしていることに自信を持てました。結果的には、より安全が確保され、この上ないティーチアブルモーメントとなりました。

同じ班のメンバー、どうも一緒にいろいろするのが心地よくない。日常生活では、スルーしますね。わざわざ取り上げない程度のことかもしれませんが、エクスペディションでスルーしていると、心地悪さが蓄積し、ストレスがたまり、他のグループメンバーまで不愉快にしてしまう。またコミュニケーション不足による状況把握の低下は、危険につながりかねません。

“心地よくない”ことにしっかり向き合える、シンプルなことですが、なかなか日常生活ではできません。しかし、自分自身に訴えかける感性を大切にせずにいると、自分自身の判断力や価値観の形成に影響を及ぼし、自分自身を失ってしまうことにつながりかねません。ポールの言葉ではありませんが、アメリカで悩んでいるときに言われた言葉が、“Ask your guts, then follow your heart.(自分の内臓(奥深く)に問いただしてみて、心に従いなさい)”という言葉がありました。自分の心からの声を素直に受け入れられる自分でいたいですね。

心地よくない時こそ足元確認

④ Know what you know and know what you don’t know.

“自分が何を理解しているのか、何を理解していないのかを理解しなさい。” ポールの代表的な言葉なので、ご存じの方も多いと思います。後にこの言葉を説明するために付け加えられたものが(ポール本人か、別の人か不明)以下です。“An education isn’t how much you committed to memory or even how much you know, its being able to differentiate between what you do know and what you don’t.” “教育とは、あなたがどれだけ記憶しているとか、どれだけたくさん知っているかではなく、自分が知っていることと知らないことを区別できることだ。” 無知の知という言葉もありますが、知れば知るほど、もっと知らなければと思いますね。同時に知る必要性のある内容がより明確になり、自分に必要な情報を自分で学ぶことができるようになりますね。野外の現場では、この言葉非常に意味深いですね。現状でのリスクや、潜在的なリスクを全く理解していない行動を目にすることはよくありますが、知らないのであれば仕方ないことでしょう。環境に関することもそうですね。知らないことを明確にして、知ろうとする、まさに知の追求で、その積み重ねが文明の発達と言えます。個人の成長にとっても、基本であり、judgementやリーダーシップの基本とも言えます。

未知への冒険がまさに知らないことを知ること

ポールは人間的にはあまりいい人ではなかったようです。自分勝手で、頑固で、多くのトラブルをおこし、多くの迷惑をかけていたようですが、おそらく本人もいろいろと痛い目に合ったのでしょうね。そして、いわゆる失敗から学んでいたのでしょうか?大学にも行っておらず、まさにwilderness体験から自分で学んだ人ですが、これだけ教育の本質を突く言葉の数々を残していることに、彼の鋭い感性と、教育を重視していたことがうかがえます。

インディアンペイントブラシ(インディアンの絵筆)

林 綾子(WEAJ理事・びわこ成蹊スポーツ大学)