野外体験をジャーナリングする
“ジャーナリング(journaling)”という言葉は、あまり日本ではなじみがありませんが、日々の日記のように体験を書き留めておくものであり、WEAのコースでは必須であり、主要な学習ツールであると同時に、資格認定の評価においても大きな割合を占めます。NOLSやOBでも遠征中のジャーナルは用いられており、冒険教育のような非日常でインパクトの強い体験を理解し、活用するためには有効な教育方法として活用されています。ただ、どのように遠征に取り入れ、効果的に活用するかは、指導者次第ですので、その意義や、多様な活用方法を理解し、自分なりに取り入れていくことが大切です。
野外/冒険教育の成果については、ある程度認められていますが、実際にどの程度日常生活に役に立っているのかということは長年課題となっています。1990年頃から学習転移(transfer)について議論されるようになり、2000年代にはよく論文でも見かけましたが、最近また論文タイトルにtransfer~と付いているものをよく目にするようになってきました。最近の傾向としては、具体的な行動変容や学習目標のためにどう野外体験を活用するかという、より直接的に学習効果と結びつける内容がみられます。WEAに限らず多くの冒険教育においては、研究として学習転移の議論が行われるようになる前からジャーナリング(journaling)という体験について感じたことや考えたこと、理解したことを書き記すという手法が取り入れられていましたが、まさに体験の理解や学習転移に効果的な学習手法です。
WEAのコースでのジャーナリングの目的は、1) 参加者とインストラクターにとって、学習のための特別な記録であり、コースの達成目的に到達するプロセスを示すため、2) 参加者がどの程度自身の体験を分析できているかを示すため、3) 参加者が自身の体験の経年的な記録とするためと説明されています。1と2が資格認定の時の評価の対象として用いられます。ジャーナリングの実施方法は、インストラクターに任されていますが、7つの重要な要素が紹介されています。フィールドノート・クラスノート、意思決定の分析、リーダーシップスタイル分析、エクスペディションビヘイビアについての分析、環境倫理、安全についての分析、個人のふりかえりなどが主なトピックです(Martinら, 2006参照)。
それぞれをどのようにジャーナリングするかは、リーダーシップについては状況特性理論にあてはめ、構造的に書き留めるなど、ある程度の枠組みを用い、記入することで、書きやすく、また傾向などがわかりやすくなる方法や、いくつかの要点を挙げて記述する、ディベートのように、相反する意見を記述する、完全にオープンに自分の考えを記述するなど、多様は方法がインストラクターから指示されます。どういった内容をどういった方法で実施するかは、まさにティーチアブルモーメントやグラスホッパーメソッドです。それを全員で共有するのか、個人の記録とするのか、採点の対象としてインストラクターがみるのか、それもインストラクター次第です。どの方法が一番効果的というものではなく、何の目的のためにジャーナリングを行うか、またやり方を生徒に理解させ、練習をし、効果的に書けるようになって初めて効果的な学習方法として使えるようになります。
私自身が行った方法の中で効果的であると感じたのは、ある程度決まったトピックについては、毎日決まった方法で書き続けると傾向や成長が見えてきます。リーダーシップや、リスクの分析、グループダイナミクスやエクスペディションビヘイビアなどです。そして、自分自身を見つめ、その日の課題や自分の目標についてどう向き合ったかというような日記的な内容も書き続けるとよく見えてきます。そして、インストラクターが絶妙なタイミングで時々投げ込むトピック、例えばグループ内の士気が下がり気味の時に、グループノーム(グループでの約束事)をふりかえる、ヒヤリハット的なことがあった時の、最悪ケースシナリオ、グループの雰囲気がよくないときに実際に今あると思われる問題に対する解決方法の記述、翌日にビックチャレンジ(登頂など)ある日には、目標達成に向けた自分のプロセスを記述し、翌日に実際の体験と照らし合わせるなど、グループの状態、個人の成長に即した絶妙なトピックを提供し、またそれをどう活用するか、インストラクターのやり方次第でその効果は広がります。
また、あまりWEAでは行わなかったですが、アウトワードバウンドやNOLSのコースでは、グループジャーナルといって、交代でノートを回し、記録をするということもありました。それぞれの個性を発揮して、詩が入っていたり、替え歌のようなものを作成したり、絵が入っていたり、誰かが言った名言が入っていたり、グループのためにしてくれたナイスな行動が書いてあったり、最終日にはみんなの宝物が完成するようなワクワクする共同作業でした。
コース中のこういったジャーナリングも非常に効果的ですが、やはりしっかりと取り組みたいのは、コースの学びをまとめ、今後にどうつなげるか、まさに学習転移のためのジャーナリングです。遠征が終わりに近づいてくるころ、それぞれの頭の中には、帰ってからの生活を考え始めます。遠征が終わることに寂しさを感じたり、戻ってからの生活に不安を感じたり、一度帰ってからのことを考え始めると、まだ終わっていない遠征に対しての意識が薄れてくることもあります。今ここにという意識が薄れてしまうと、それまで築いてきたEBやグループダイナミクスが崩れ始めます。それまで築いてきた遠征ならではの文化、学びを最後まで保ち、そして遠征での学びを確実に日常生活へつなげるためには、指導者の繊細なファシリテーションが重要となります。また、頑張りやすい環境だから頑張れたプログラム中の環境がなくなると、戻ってからどう頑張ればよいかわからず、せっかくやる気を持って帰ったのに、余計苦しい思いをする傾向も多く報告されており(re-entry tensionと言われます)、どう戻るかについては丁寧に取り組む必要があります。NOLSの指導者であった人のエッセイが遠征の終わりに学習転移を考える上ですばらしいなと思い、よく活用していたので、紹介したいと思います。
以下、エッセイの翻訳
より過酷な環境への参入に向けたブリーフィング モーガン・ハイト
NOLSのコース終わりには、いつも「持ち帰れないもの」の話になります。大きなザックは持ち帰れないし、少なくとも日常生活には必要ありません。配られた食料は持って帰れないし、持って帰っても友達は食べてくれません。山は持ち帰れません。この場所とのつながり、ここでの経験をすべて捨てなければならないようです。悔しいし、落ち込むこともあります。
このエッセイは、持ち帰ることができるものについての話です。持ち帰ることができるもの、そしてそれに取り組めば、残していかなければならないどんなものよりも大切なものになる可能性があるものです。
ここで、私たちが実際に行ってきたことを見てみましょう。私たちは整理整頓をしてきました。私たちは大きなザックで生活していたので、どこに何があるのかをほとんど知っていました。地図上の等高線をすべて数え、ゴミはすべて袋に入れるなど、徹底していました。今この瞬間、私たち全員が自分の雨具のありかを知っています。自分の身の回りのことは自分でする。私たちは、基本的なサバイバルの課題に触れてきました。私たちは、他の人たちと一緒にこの遠征という機会を得て、命を預け、親しくならない理由はないと思ってきました。私たちは、決して終わることのない物事に辛抱強く取り組み、心を砕いてきました。新しい道具や新しい技術を使いこなすことも学んできました。私たちは、今あるものを大切にしてきました。シンプルに生きてきました。
これらは、あなたが本当に持ち帰ることができるものです。これらは、私が「精神衛生」と呼んでいるもので、体をケアするのと同じように、心もケアしなければならないと考えています。ここでもう一度、ひとつずつ紹介します。
1. 整理整頓。山は厳しいから、整理整頓が必要です。しかし、戻ってからの世界はもっと複雑で、寒さや風や雨といった目に見えるものだけでなく、もっと過酷なものなのです。整理整頓ができれば、その嵐を乗り切ることができます。
2. 徹底していること。ここでの生活では、物事を中途半端にしておくと、どのような結果になるか、容易に理解できます。もどってからの世界は、中断、気晴らし、刺激が多いので、物事を中途半端にしてしまいがちです。気がつくと、進行中のプロジェクトの山に埋もれ、方向を見失ってしまいがちです。
3. 心構え。ここでの生活では、あらゆる天候に備える必要がありますが、もどってからの世界では、あらゆる事態に備える必要があります。ルールはなく、くだらないことやどうしようもないことが起こり、備えていた人だけがバランスを崩さないでいれるのです。
4. 自分自身を大切にすること、そして、ここでの生活よりももっと積極的に実践すること。混雑、騒音、スケジュールなど、環境的な害はさらに大きくなります。一人になって考える時間を持ちましょう。花、音楽、人、あるいはしっかり準備した夕食など、美しいもののそばにいることの癒しの力を過小評価してはいけません。
5. 基本に忠実であること。自炊を続け、寝る場所は意識して選ぶ。自分や友人の小さな怪我に気を配る。複雑な乗り物や道具の仕組みを学ぶ。戻ってからの世界の方がはるかに気が散って、基本から引き離れやすくなります。
6. 人と一緒にリスクを冒すことを継続しよう。あなた自身がどれだけ生き生きしていられるかは、他者との関係がどれだけ生き生きしているかによります。戻ってからの世界にはもっとたくさんの人がいるのに、なぜか親密度が低くなってしまうでしょう。誰かと車に乗るということは、その人に自分の命を預けるということであり、危険はまだ存在していることを忘れないでください。親しくなれない理由があるようなら、よく考えてみましょう。
7. 一見重要そうに見えるものでも、手放し、なくてもやっていけることを忘れないでください。ここでの生活は、熱いシャワーはなく、フォークと頭上の屋根があるだけです。しかし、いろいろなくてもやっていけます。最終的には、私たちみんな、なくてもやっていくのは、人であり、特に、ないということが、喜びをさまたげるわけではないことを覚えておきましょう。
8. 困難なことを我慢する。山のように具体的でなく、シナモンロールのようにすぐに報われるものでもないかもしれませんが、世界は辛抱する人に開けます。自分の我慢に対して何のサポートも得られないことも多いかもしれないけど、それは他のみんなの理解が追いついていないのかもしれません。
9. 新しい道具の使い方や技術を学び続ける。コンピューターであれ、アイスクリームメーカーであれ、見たことがないものを、すぐにプロのように使いこなせるわけではないことは、わかっているでしょう。本当に老人というのは、学ぶことをやめてしまった人のことです。
10.物を大切にすること。戻ってからの世界では、消耗したり壊れたりしたものを簡単に取り替えることができ、無限に何でも手に入るように感じることから、個々の物にはほとんど価値がないように思われます。哲学者のウェンデル・ベリーが言うところの「真の唯物論者」になりましょう。質の高いものを作り、今あるものを修理し、できるだけ捨てないようにしましょう。
11. シンプルに生きる。まさにこれに代わるものはない。
この11のことは、あなたがここで本当に学んだスキルであり、世界のどのような環境においても、あなたの役に立つでしょう。生きるための習慣なのです。もし誰かがあなたのコースはどうだったかと尋ねたら、こう答えましょう。「私たちは常に整理整頓して、すべてを徹底して、用意周到にしました。私たちは、基本に忠実に自分自身を大切にしました。私たちは人に命を預け、持たないことを学び、困難なことに忍耐強く取り組みました。新しい道具を使うことを学び、手持ちのものを大切にした。私たちはシンプルに生きてきたのです。そして、もし彼らが鋭い人であれば、”そんなことをするために山は必要ない “と言うでしょう。
エウロパ・キャニオン ワイオミング州 ブリジャー原生地域
1989年8月 (c) Copyright, Morgan Hite, 1989-1991: この告知を含むコピーに許可は必要ありません].
原文↓
この11項目に沿ってジャーナリングする方法や、自分なりな帰ってからの環境へ持ち帰るものリストを作るなど、非常に効果的なやり方だと思います。事後レポートのような宿題ではなく、まだその場に他の参加者達と過ごしているからこそリアルに感じられる内容、戻ってからの❝より過酷な環境❞に新しい自分が生き抜くための決意表明のような位置づけのジャーナリングもしっかり時間を取って行いたいですね。
参考文献:
Martin, B., Cashel, C., Wagstaff, M., & Breunig, M. (2006). Outdoor Leadership: Theory and Practice. Human Kinetics: Champain, IL.
林 綾子(WEAJ理事・びわこ成蹊スポーツ大学)