中村正雄(大東文化大学)
野外における活動の充実と安全の確保は、しばしばトレードオフ(一方を達成しようとすると他方を犠牲にせざるを得ない状況)といった関係になることがあります。安全を確保して活動中の事故を防ぐことは極めて重要なことですが、野外における安全マネジメントは事故を起こさないことだけを目的にするのではなく、安全を確保するとともに活動を充実させていくことも目指していきたいものです。
従来の安全マネジメントは、起こり得る事故を想定し対策を講じることによって事故を未然に防ぐという考え方が主流でしたが、近年、産業安全の分野で「レジリエンス・エンジニアリング」と呼ばれる方法論に関心が集まってきています。レジリエンス・エンジニアリングの基本的な考え方は「諸々の社会システムは本質的に危険なものであり、変化する状況の中で人間と組織の柔軟性がシステムを安全に機能させている」「失敗事例より成功事例に注意を向け、失敗を減らすことよりも成功を増やすことに注力すべき」というもので、安全を「条件が変わっても成功を実現する能力」と捉えています。
レジリエンス・エンジニアリングが目指しているのは、物事がうまくいくことを確かなものにすることです。それは通常よく起こる「うまくいっていること」のプロセスで何が起こっているのかに着目してそれを維持する調整を行うとともに、そこに潜む「うまくいかない」可能性に敏感であり続けることによって「事故の芽」を予見して先行的に対策を講じていくことです。現実的には「うまくいっていること」に安全対策上の関心をよせる機会はそう多くはありません。しかし、時に何故「うまくいっている」のか考えてみることは、「うまくいっていること」を強化するだけでなく「うまくいかないこと」の基本的・多角的な理解にもつながり、そこから事故を未然に防ぐヒントが見出せることもある、ということです。
このようなレジリエンス・エンジニアリングの視点は、野外における活動の充実と安全の確保を積極的に共存させる一助となり得るのではないでしょうか。安全について、これまでとは異なる視点も加えて諸事象を分析することによって新たな発見があるかもしれません。このワークショップでは、野外におけるレジリエンス・エンジニアリングの有用性や安全マネジメントの具体的方策などについて意見交換ができればと考えています。