指導者の学習履歴を残す ~ポートフォリオシステム~

アウトドアプロフェッショナルにとって重要な資質をどう維持・管理・アピールするのか、重要なトピックです。今回はWEAJで事業部を担当している林健児郎理事による特別投稿です。 みなさんは野外指導者として、自身の資質やスキルをどのように維持しているでしょうか。国内外には、野外指導者として認定する資格には様々なものがありますが、職能レベルとして認定されるものの多くでは、一定の年数で資格を更新する制度があります。職業・職能上の能力がある、すなわちプロフェッショナルとしては、「学び続ける」ということが不可欠です。技術は進歩し、社会も変化していく中で、その専門性も変化し対応していくことが求められるのは言うまでもありません。しかし、資格を取ったけどもう何年も前だなあとか、実践していないなあとか、資格を持ってはいるものの、相応の資質を維持できていなかったり、更新制度そのものがないために、技術や社会の変化に対応できていない、あるいは、更新講習があっても費用を払うだけ、出席するだけ、といった団体があるのも現状ではないでしょうか。野外業界の質は、指導者によって決まるといっても過言ではありません。質の高い指導者を養成し、指導者の資質を維持していくことが、業界発展の礎となります。 資格更新の制度としては、会費を支払い、短期間の更新講習を受講するのが一般的かもしれません。資格取得時に学んだことを再確認し、新たな知識や情報を得るには良いかもしれませんが、指導能力の維持や向上は容易ではないでしょう。プロフェッショナルとしての 資質の維持、更新に応えるには、どうしたらよいでしょうか。 WEAでは、資格更新制度としてポートフォリオを用いています。ポートフォリオは直訳で「書類を運ぶケース」といった意味がありますが、教育分野では個人の能力を総合的に評価する方法として用いられています。従来は、試験結果やレポートや論文等の学習成果を教師が評価してきましたが、その過程での取り組みを示すノートやデータであったり、課外活動やボランティア活動など、教室や学校外での様々な活動を、記録として自らまとめて提出することで、教師はプロセスを評価することができ、個人本来の持っている能力や特性を把握できるようになります。野外指導者の評価に文脈に置き換えると、会費を払っている、団体に属している、何回指導しましたといった結果だけでなく、どういう対象にどんな役割で何を指導したとか、関連する団体の役職についてる、学会に参加して発表したといったような、指導者としての活動のプロセスを記録していくことです。WEAでは、これらを単なる記録ではなく、個人の学習記録としてその根拠を明確にする事で、指導者としての自己の現状を知り、資質を維持するための目標設定につなげています。例としては、技術指導の動画、作成した教材、カリキュラム、所属組織の上司やコース、講習会講師からのフィードバックや評価、ウィルダネストリップやエクスペディションの計画書、緊急時マニュアル、食事メニュー、テキスト、論文や原稿、資格証書などです。WEA指導者は、WEAコースでの指導、開催、その他の指導、野外救急法、リーブノートレース資格のステータスの維持、研修、学会、カンファレンス等への参加、実践発表、研究発表、論文投稿、関連団体での役職・活動等、これらの学習履歴を更新することにより、WEA評価者が指導者を理解しプロセスをかくにんすることができます。これにより、WEAでは特定の研修を行わずに、資格の更新を行なっています。また、アウトドアリーダーやアウトドアエデュケーター等、WEA資格取得の際も、受験者の学習過程を個人及び評価者が理解するために、ポートフォリオの提出を求めています。 WEAポートフォリオシステムは、専用のメンバーサイトに登録しログインすることで、いつでも学修履歴を登録・更新することができます。また、評価者はこれらを随時確認することができます。今年度からのWEAの認定プログラムの改訂に合わせて、現在のポートフォリオシステムを改訂します。会員の皆様には、改めてポートフォリオシステムへの登録等をお知らせいたします。 今回は「ポートフォリオ」をテーマに、野外指導者のプロフェッショナルとしての資質の維持、更新について考え、WEAポートフォリオシステムについて紹介をしました。先日の10th WEAJ カンファレンスでお招きしたDr. Joel Meier氏のスピーチで、私たちは「Be a professional – walk the talk.」というメッセージをいただきました。プロフェッショナルであるために実践していく。ポートフォリオシステムがその一翼を担う大切なものであると、改めて実感しました。 WEA理事 林 健児郎(公益財団法人大阪YMCA)

ユーモアと弱さの認識 -PP語録Leadership編

WEAの創始者Paul Petzoldtの語録シリーズで長々とひっぱっていますが、最終回Leadershipに関するquoteで締めたいと思います。アウトドアリーダーとしての責任・役割に関するものや、リーダー=望ましい人間性としてのとらえ方がみられ、そこからポールのwilderness education に対する思いが見えてきます。 まずはアウトドアリーダーとしての責任・役割に関するものから。 “outdoor leadership is the ability to plan and conduct safe, enjoyable expeditions while conserving the environment. (l984)” ”アウトドアリーダーシップとは、環境保全に努めながら安全で楽しい遠征を計画し、実行する能力である.” こちらはいわゆるOutdoor leadershipの定義のような言葉ですが端的に説明してあり、よく引用される言葉です。“環境保全に努めながら、”とあえて付け加えてあるところがwildernessへの強い思いを持っていたポールならではですね。 また、wildernessという環境へ人を連れていくということの責任の重さを表す言葉も、多く言い伝えられています。”Don’t take someone into the backcountry unless you are willing to face ...

牛のように反芻を・・・PP語録 judgment編

PP語録第3弾、今回は「判断」-judgment-です。WEAといえば、judgmentとリーダーシップと言われるほどのWEAらしさを象徴するものです。Judgmentと意思決定(decision-making)は多くの場合同時に行われるものであり、状況に適した効果的な意思決定を行うための判断力の育成をWEAカリキュラムは重視しています。今回はこの判断と意思決定に関するPP語録を紹介します。多くの言葉が、ネイティブアメリカンの言葉や生活様式、自然に関するたとえが多いことが特徴です。遠征中の状況には非常にしっくりくるのでしょうね。 White man fire 直訳すると、“白人の火“となりますが、不必要に大きなボンファイヤーという意味だったようです。ボンファイヤーとは、もともと教会の行事が起源でしたが、キャンプなどで初日の夜など、火を焚いてそのまわりに人々が集まり、交流・親睦を図るものとして定着しています。その火はみんなが目印となり、集まってくるようにと大きくて威勢のいいものが作られますが、そんな火はwildernessでの遠征中には必要ありません。何も考えず、ただ大きな火を燃やすのではなく、食事作りや、憩いなどどのくらいに大きさの火が必要か、またその場に適した火のサイズはどの程度か考え、判断し、「適切な」火の使用をするようにという教えだったようです。そのためポールは、”white man fire”を見つけると、即鍋ごとひっくり返して消したそうです。また、食べ方についても、”Eat like Indians“という言葉を使い、ネイティブアメリカンのように、食べ物があるときに、あるものをありがたく食べなさいと教えたようです。シンプルな教えですが、参加者のほとんどが白人であり、白人であることに優越感を持っている人々に対して、インパクトのある言葉であったと想像できます。そういった固定観念を覆し、ただ当然に物事を捉えるのではなく、状況に応じて考え、適切に判断するよう説いているのでしょう。 Chew the cud / Have a cow-like nature 直訳すると、”反芻しなさいー牛のような性質を持って”となります。遠征では、時に感情的になったり、人の性格が衝突したりという対立がおこることがありますが、人のコメントや態度に即反応するのではなく、一旦飲み込み、その状況や意図、背景を考え理解してから判断し、対応するようにと勧めたそうです。そうすると、ただ感情でぶつかるのではなく、より建設的なフィードバックをすることができるかもしれないし、そういったスキルを向上するきっかけとなる。また、争ってもしかたないこと(宗教や信念、政治など)については、わざわざ遠征中に対立しても仕方ない。牛のようにゆったりかまえ、リラックスして、いちいち興奮したり小さなことに振り回されたりせず、自分を見失わないように。そういった姿勢が遠征の健全でよい生活環境を作り、よりよい判断を行うベースとなると説いたそうです。また、cow theory (牛理論?)といって、なかなかメンバーが動き出さない時、大声を出してグループを統制しようとするより、ただ黙ってゆっくり歩きだすと、メンバー全員が自然にゆっくりついてくる、という理論も習いました。どうやら遠征行動は牛に倣うところが多くありそうです。 Me no lost, tepee lost. Meet at the oak tree. 「自分が迷ったんじゃないよ、ティピーが迷ったんだ。」という迷った時の言い訳に使われたそうです。ちょっと親近感が湧きますが、迷ったときは、見つけるために、判断の基準となる確かな手がかりを見つけなさいという意図が含まれていたようです。また、Meet at the oak treeは、「ナラの木のところで会おう」なんていういい加減な計画で、ちゃんとたどり着けるわけがない、迷って当然。信頼できる根拠・手がかりを基に判断し、計画を立て、その計画を明確に伝え、全員が理解してようやく全員が迷わずに目的地へたどり着けると説明したそうです。 ...

Legacies of WEAJ

歴史は常にぬりかえられ、過去の歴史は時とともに忘れされていくのが宿命です。でも、そんな歴史でも未来のために忘れてはいけいない人・できごともあります。 WEAJでは、その歴史や発展に大きく影響を及ぼした、偉人たちをいつまでも私たちの心に残し、後人たちに伝えていくことを目指し、「アウトスタンディング・アウトドアエデュケーター賞」を設け、表彰してきました。 今回は、これまで同賞を受賞した、WEAJのレガシーたちをご紹介います。このレジェンドたちのおかげで今の私たちがあるのです。 目次2013年受賞 クリス・キャッシェル2014年受賞 リッキー・ハロー2015年受賞 マーク・ワグスタッフ2016年受賞 飯田 稔2018年受賞 ケリー・マクマーハン 2013年受賞 クリスティン・キャッシェル WEAJの誕生に彼女なくしては語れません。まさに「WEAJの母」といっても過言ではない、元オクラホマ州立大学教授のクリスティン・キャッシェル、通称クリスです。 彼女と、WEAJ創設者岡村との出会いは、1998年にさかのぼります。Coalition for Education of the Outdoor(CEO)というアメリカの野外のトップリサーチャーが集う研究集会で、右も左もわからぬ当時博士課程学生だった岡村を、学会期間中終始気にかけてくれていたのが、彼女でした。 それを機に、二人は交流を深め、岡村は日本にはないWEAの洗練された指導者育成システムを知り、共にWEA Japan設立の夢を語るようになりました。 2002年には、岡村が着任した奈良教育大学のプロジェクトで、愛弟子のマーク・ワグスタッフと共に来日し、WEAのカリキュラム、LNT、野外救急法など、当時の日本には目から鱗のテクニックを披露してくれました。 そして、2003年、とうとう夢への第一歩となった、日米学生合同のWEAアウトドアリーダーコースが、WEA発祥の地、ワイオミング州グランドティトンで、彼女の指導のもと開催されました。 2004年、クリスは再び来日し、長野県戸隠にて、5日間のWEAショートコースを開催し、ここに、現WEA理事のジェイ・ポストも学生として来日し、その後WEAJを末長く支えてくれるメンバーとなりました。 WEAJ設立の夢は一旦ここで足踏みをすることなります。というのも連続3週間、2年に分けても最低連続2週間という野外実習が、日本の大学教育はおろか、民間団体でも極めて困難なことが明白だったからです。 ところが、2009年に40年間続いた18ポイントカリキュラムから、現在の6+1コンポーネントに改訂され、さらに、それぞれのコンポーネントが単位制となる、柔軟なカリキュラムモデルが誕生しました。これにより、日本の教育機関にも導入の可能性ができてきました。 2012年、WEAJ設立前夜、岡村の呼びかけにより、改めて、マークワグスタッフ、スコットジョーダンと共に、WEAカリキュラムの紹介を目的とした、WEAワークショップが、長野県東京YWCA野尻キャンプで開催されました。大学、民間、学生など約40名近くの野外指導者が集まり、改めて、アメリカの最新のWEAのティーチングメソッド、野外救急法、LNTの概念にふれ、この時のメンバーが中心となり、WEAJ設立準備委員会が発足しました。 そして、2013年6月、クリスと岡村の夢はとうとう現実のものとなったのです。 CEOでの彼女ととの出会いがなければ、日本の野外は、今もなお、WEAやLNTを文献上でした知り得なかったかもしません。それはそれで独自の進化はしたかもしれませんが、アジアの潮流からはさらに大きく立ち遅れていたことでしょう。 2014年受賞 リッキー・ハロー 彼の、経歴はとてもユニークで、私たち民間に力を与えてくれるものでした。彼はアーミー出身で、退役後、野外学校を立ち上げ、社会的信頼を得るためにWEAコースに参加したのがWEAへのコミットメントのきっかけでした。その後、民間出身でありながら、卓越したビジネススキルとリーダーシップを発揮し、WEAの会長にまで上り詰めた男でした。 2009年、WEAは、それまでの18ポイントカリキュラムから、6+1コンポーネントを移行すると同時に、これを全米の大学教育における野外指導者のナショナルスタンダードにすべく、連邦教育省の認証を受けるという大きなチャレンジに挑みました。その中心となったのが、彼とその相方スタンフォード大学のクリス・ペルチャットでした。 ところが、大きなチャレンジは、必然的に大きなチェンジングも必要となり、古くからWEAを支えてきた指導者たちは、長期遠征を切り分けるような単位制、オンラインでその成果を評価するポートフォリオシステムなどを、にわかい受け入れることができず、2009年から2013年までの6+1コンポーネントの試験運用期間は、WEAにとっても試練の時代でした。 そんな中、2012年からスタートしたWEAJ設立準備委員会として、2013年2月ノースカロライナ州ブラックマウンテンで行われたWEAカンファレンスにて、日本がWEAJの設立を目指していることを初めて彼に伝えました。 これは、これまでいっさいの国際ブランチを持たなかったWEAにとっても、前代未聞の大きな出来事でした。普通の会長であれば、来年までに考えましょうというところですが、同カンファレンス中に、契約書の雛形を作成し、2013年6月設立に向け、時代は一気に加速しました。 もし、彼が当時の会長でなければ、これほどまでスピード感を持った対応、変革へのチャレンジはすぐにはできなかったと確信しています。 その後2014年東京お台場で行われたWEAJカンファレンスに招待され、東京の民間団体の若手メンバーの会合に参加し、改めて民間の若手に夢と勇気を与えてくれのでした。 そして彼は今、ビジネスをやりながら、博士号にチャレンジしています。ビジネスとは何か、博士号とは何か、アメリカで野外のプロとして生きていくための生き様は、日本の全ての野外指導者の道標となるような道を歩んでいます。 2015年受賞 マーク・ワグスタッフ クリスの愛弟子であり、2002年奈良教育大学でのWEAワークショップ、2012年東京YWCA野尻キャンプでのWEAワークショップなど、幾度となく日本にWEAを伝える伝道師として活躍してくましたが、最大の貢献は、なんといっても2013年に、彼の勤めるラドフォード大学のあるバージニア州アパラチアンマウンテンでの日米合同のWEAアウトドアリーダーコースの開催です。 2013年2月から3月にかけ、岡村は、WEAとのWEAJ設立準備、そして、WEAアウトドアリーダーコース開催のために、約1ヶ月近く、彼の大学に滞在し、その準備と作業を行っていました。 日本でWEAを実現するためには、コースを開催することができる資格であるCertificated ...

We have standards

待望のWEAJブログ始まりました。これから世界中の最新の野外教育情報をお届けしますのでご期待ください。 “We have standards(私たちにはスタンダードがあります)”とは、WEAのキャッチフレーズです。何か地味な感じもしますが、このスタンダードこそ、北米における唯一無二の成果であり、今なお全米の指導者から信頼されている理由でもあります。 スタンダードとは、業界基準のことで、これから野外指導者を目指すものが、職業人として最低限身につけておかなければならな知識とスキルを意味します。 現在の6+1と言われるカリキュラムは、これまでの野外指導育成に関する科学的な知見をもとに開発されています。そのため、北米だけではなく、全世界の野外指導者養成に汎用性があり、この基準の上に、各国や各団体の特性を加えていくことができます。 6+1とは 1)野外生活技術2)遠征計画3)リーダーシップ4)リスクマネジメント5)環境スキル6)教育 の6本柱と その全てのスキルを活用するために必要な最重要なスキルである +判断力 から構成されています。 また、野外指導者になるための外部資格として 1)冒険活動(クライミング、パドリング、スキーなど)に必要な指導資格2)野外救急資格 が前提条件として義務付けられています。 WEAスタンダードは、単に理論を理解するだけはなく、リーダーシップ、指導力、判断力などのメタスキルを、コース中の現実的な体験を通じて、確かな力として身につけることができる、卓越したカリキュラムです。 さあ、グローバルスタンダードの野外指導者カリキュラムを体感し、いっしょにい野外指導者の道を歩みましょう。