指導者の学習履歴を残す ~ポートフォリオシステム~

アウトドアプロフェッショナルにとって重要な資質をどう維持・管理・アピールするのか、重要なトピックです。今回はWEAJで事業部を担当している林健児郎理事による特別投稿です。 みなさんは野外指導者として、自身の資質やスキルをどのように維持しているでしょうか。国内外には、野外指導者として認定する資格には様々なものがありますが、職能レベルとして認定されるものの多くでは、一定の年数で資格を更新する制度があります。職業・職能上の能力がある、すなわちプロフェッショナルとしては、「学び続ける」ということが不可欠です。技術は進歩し、社会も変化していく中で、その専門性も変化し対応していくことが求められるのは言うまでもありません。しかし、資格を取ったけどもう何年も前だなあとか、実践していないなあとか、資格を持ってはいるものの、相応の資質を維持できていなかったり、更新制度そのものがないために、技術や社会の変化に対応できていない、あるいは、更新講習があっても費用を払うだけ、出席するだけ、といった団体があるのも現状ではないでしょうか。野外業界の質は、指導者によって決まるといっても過言ではありません。質の高い指導者を養成し、指導者の資質を維持していくことが、業界発展の礎となります。 資格更新の制度としては、会費を支払い、短期間の更新講習を受講するのが一般的かもしれません。資格取得時に学んだことを再確認し、新たな知識や情報を得るには良いかもしれませんが、指導能力の維持や向上は容易ではないでしょう。プロフェッショナルとしての 資質の維持、更新に応えるには、どうしたらよいでしょうか。 WEAでは、資格更新制度としてポートフォリオを用いています。ポートフォリオは直訳で「書類を運ぶケース」といった意味がありますが、教育分野では個人の能力を総合的に評価する方法として用いられています。従来は、試験結果やレポートや論文等の学習成果を教師が評価してきましたが、その過程での取り組みを示すノートやデータであったり、課外活動やボランティア活動など、教室や学校外での様々な活動を、記録として自らまとめて提出することで、教師はプロセスを評価することができ、個人本来の持っている能力や特性を把握できるようになります。野外指導者の評価に文脈に置き換えると、会費を払っている、団体に属している、何回指導しましたといった結果だけでなく、どういう対象にどんな役割で何を指導したとか、関連する団体の役職についてる、学会に参加して発表したといったような、指導者としての活動のプロセスを記録していくことです。WEAでは、これらを単なる記録ではなく、個人の学習記録としてその根拠を明確にする事で、指導者としての自己の現状を知り、資質を維持するための目標設定につなげています。例としては、技術指導の動画、作成した教材、カリキュラム、所属組織の上司やコース、講習会講師からのフィードバックや評価、ウィルダネストリップやエクスペディションの計画書、緊急時マニュアル、食事メニュー、テキスト、論文や原稿、資格証書などです。WEA指導者は、WEAコースでの指導、開催、その他の指導、野外救急法、リーブノートレース資格のステータスの維持、研修、学会、カンファレンス等への参加、実践発表、研究発表、論文投稿、関連団体での役職・活動等、これらの学習履歴を更新することにより、WEA評価者が指導者を理解しプロセスをかくにんすることができます。これにより、WEAでは特定の研修を行わずに、資格の更新を行なっています。また、アウトドアリーダーやアウトドアエデュケーター等、WEA資格取得の際も、受験者の学習過程を個人及び評価者が理解するために、ポートフォリオの提出を求めています。 WEAポートフォリオシステムは、専用のメンバーサイトに登録しログインすることで、いつでも学修履歴を登録・更新することができます。また、評価者はこれらを随時確認することができます。今年度からのWEAの認定プログラムの改訂に合わせて、現在のポートフォリオシステムを改訂します。会員の皆様には、改めてポートフォリオシステムへの登録等をお知らせいたします。 今回は「ポートフォリオ」をテーマに、野外指導者のプロフェッショナルとしての資質の維持、更新について考え、WEAポートフォリオシステムについて紹介をしました。先日の10th WEAJ カンファレンスでお招きしたDr. Joel Meier氏のスピーチで、私たちは「Be a professional – walk the talk.」というメッセージをいただきました。プロフェッショナルであるために実践していく。ポートフォリオシステムがその一翼を担う大切なものであると、改めて実感しました。 WEA理事 林 健児郎(公益財団法人大阪YMCA)

アウトドアリーダーエクスペリエンスコース新設!

WEAの資格体系も、時代に合わせて変化しています。今回は最新の資格体系について、WEA理事会で事業部を担当している島崎晋亮理事からの特別投稿です。 昨年にWEAカリキュラムが改正され、新たにアウトドアリーダーエクスペリエンス(以下OLE)という認定コースが誕生しました。これまでのWEAコースでは、野外指導者を目指す方、もしくはすでに野外指導者として活躍されている方を対象としたコースのみとなっていましたが、このOLEコースは、これから野外指導に興味を持ち、将来プロフェッショナルを目指すかもしれないエントリーレベルを対象にしています。(参考:WEAJホームページ内『WEA認定プログラム』)  しかも、このコースは1泊2日の野外遠征を含めた3日間で開催でき、修了者にはWEAJ準会員の特典が1年間無料でついてくるという、まさに「WEA体験会」のような設計で、どなたでも受講可能です。ですので、これまで野外経験がない学生の方や、WEAのカリキュラムに興味があるけど何日も予定を調整するのは難しかったという方にピッタリのコースだと思います。 そして、このOLEコースの特徴として、COL(アウトドアリーダー資格)の方も開催することができます。これまでのWEAコースは、COE(アウトドアエデュケーター)が開催できるコースしかなく、COLの活躍の場が限定されていました。今後は、COLの方も独自でOLEコースを開催することができます。  OLEコースを開催するには、以下の要件のみです。   ①COL資格を持っていること   ②WEAJの団体会員であること   ③コースを開催する際にコース開催申請すること   ※団体会員になるには一般会員の会費に加えて10,000円払うだけです。  このOLEコースは、大学の野外実習などの授業はもちろんのこと、一般の方を対象とした週末を活用したイベントにも活用できそうですね。今後、たくさんの方にWEAカリキュラムに触れられる機会が訪れることに期待します。 WEA理事 島崎晋亮(株式会社信州アウトドアプロジェクト)

野外体験をジャーナリングする

“ジャーナリング(journaling)”という言葉は、あまり日本ではなじみがありませんが、日々の日記のように体験を書き留めておくものであり、WEAのコースでは必須であり、主要な学習ツールであると同時に、資格認定の評価においても大きな割合を占めます。NOLSやOBでも遠征中のジャーナルは用いられており、冒険教育のような非日常でインパクトの強い体験を理解し、活用するためには有効な教育方法として活用されています。ただ、どのように遠征に取り入れ、効果的に活用するかは、指導者次第ですので、その意義や、多様な活用方法を理解し、自分なりに取り入れていくことが大切です。 野外/冒険教育の成果については、ある程度認められていますが、実際にどの程度日常生活に役に立っているのかということは長年課題となっています。1990年頃から学習転移(transfer)について議論されるようになり、2000年代にはよく論文でも見かけましたが、最近また論文タイトルにtransfer~と付いているものをよく目にするようになってきました。最近の傾向としては、具体的な行動変容や学習目標のためにどう野外体験を活用するかという、より直接的に学習効果と結びつける内容がみられます。WEAに限らず多くの冒険教育においては、研究として学習転移の議論が行われるようになる前からジャーナリング(journaling)という体験について感じたことや考えたこと、理解したことを書き記すという手法が取り入れられていましたが、まさに体験の理解や学習転移に効果的な学習手法です。 WEAのコースでのジャーナリングの目的は、1) 参加者とインストラクターにとって、学習のための特別な記録であり、コースの達成目的に到達するプロセスを示すため、2) 参加者がどの程度自身の体験を分析できているかを示すため、3) 参加者が自身の体験の経年的な記録とするためと説明されています。1と2が資格認定の時の評価の対象として用いられます。ジャーナリングの実施方法は、インストラクターに任されていますが、7つの重要な要素が紹介されています。フィールドノート・クラスノート、意思決定の分析、リーダーシップスタイル分析、エクスペディションビヘイビアについての分析、環境倫理、安全についての分析、個人のふりかえりなどが主なトピックです(Martinら, 2006参照)。 それぞれをどのようにジャーナリングするかは、リーダーシップについては状況特性理論にあてはめ、構造的に書き留めるなど、ある程度の枠組みを用い、記入することで、書きやすく、また傾向などがわかりやすくなる方法や、いくつかの要点を挙げて記述する、ディベートのように、相反する意見を記述する、完全にオープンに自分の考えを記述するなど、多様は方法がインストラクターから指示されます。どういった内容をどういった方法で実施するかは、まさにティーチアブルモーメントやグラスホッパーメソッドです。それを全員で共有するのか、個人の記録とするのか、採点の対象としてインストラクターがみるのか、それもインストラクター次第です。どの方法が一番効果的というものではなく、何の目的のためにジャーナリングを行うか、またやり方を生徒に理解させ、練習をし、効果的に書けるようになって初めて効果的な学習方法として使えるようになります。 私自身が行った方法の中で効果的であると感じたのは、ある程度決まったトピックについては、毎日決まった方法で書き続けると傾向や成長が見えてきます。リーダーシップや、リスクの分析、グループダイナミクスやエクスペディションビヘイビアなどです。そして、自分自身を見つめ、その日の課題や自分の目標についてどう向き合ったかというような日記的な内容も書き続けるとよく見えてきます。そして、インストラクターが絶妙なタイミングで時々投げ込むトピック、例えばグループ内の士気が下がり気味の時に、グループノーム(グループでの約束事)をふりかえる、ヒヤリハット的なことがあった時の、最悪ケースシナリオ、グループの雰囲気がよくないときに実際に今あると思われる問題に対する解決方法の記述、翌日にビックチャレンジ(登頂など)ある日には、目標達成に向けた自分のプロセスを記述し、翌日に実際の体験と照らし合わせるなど、グループの状態、個人の成長に即した絶妙なトピックを提供し、またそれをどう活用するか、インストラクターのやり方次第でその効果は広がります。 また、あまりWEAでは行わなかったですが、アウトワードバウンドやNOLSのコースでは、グループジャーナルといって、交代でノートを回し、記録をするということもありました。それぞれの個性を発揮して、詩が入っていたり、替え歌のようなものを作成したり、絵が入っていたり、誰かが言った名言が入っていたり、グループのためにしてくれたナイスな行動が書いてあったり、最終日にはみんなの宝物が完成するようなワクワクする共同作業でした。 コース中のこういったジャーナリングも非常に効果的ですが、やはりしっかりと取り組みたいのは、コースの学びをまとめ、今後にどうつなげるか、まさに学習転移のためのジャーナリングです。遠征が終わりに近づいてくるころ、それぞれの頭の中には、帰ってからの生活を考え始めます。遠征が終わることに寂しさを感じたり、戻ってからの生活に不安を感じたり、一度帰ってからのことを考え始めると、まだ終わっていない遠征に対しての意識が薄れてくることもあります。今ここにという意識が薄れてしまうと、それまで築いてきたEBやグループダイナミクスが崩れ始めます。それまで築いてきた遠征ならではの文化、学びを最後まで保ち、そして遠征での学びを確実に日常生活へつなげるためには、指導者の繊細なファシリテーションが重要となります。また、頑張りやすい環境だから頑張れたプログラム中の環境がなくなると、戻ってからどう頑張ればよいかわからず、せっかくやる気を持って帰ったのに、余計苦しい思いをする傾向も多く報告されており(re-entry tensionと言われます)、どう戻るかについては丁寧に取り組む必要があります。NOLSの指導者であった人のエッセイが遠征の終わりに学習転移を考える上ですばらしいなと思い、よく活用していたので、紹介したいと思います。 以下、エッセイの翻訳 より過酷な環境への参入に向けたブリーフィング モーガン・ハイト NOLSのコース終わりには、いつも「持ち帰れないもの」の話になります。大きなザックは持ち帰れないし、少なくとも日常生活には必要ありません。配られた食料は持って帰れないし、持って帰っても友達は食べてくれません。山は持ち帰れません。この場所とのつながり、ここでの経験をすべて捨てなければならないようです。悔しいし、落ち込むこともあります。 このエッセイは、持ち帰ることができるものについての話です。持ち帰ることができるもの、そしてそれに取り組めば、残していかなければならないどんなものよりも大切なものになる可能性があるものです。 ここで、私たちが実際に行ってきたことを見てみましょう。私たちは整理整頓をしてきました。私たちは大きなザックで生活していたので、どこに何があるのかをほとんど知っていました。地図上の等高線をすべて数え、ゴミはすべて袋に入れるなど、徹底していました。今この瞬間、私たち全員が自分の雨具のありかを知っています。自分の身の回りのことは自分でする。私たちは、基本的なサバイバルの課題に触れてきました。私たちは、他の人たちと一緒にこの遠征という機会を得て、命を預け、親しくならない理由はないと思ってきました。私たちは、決して終わることのない物事に辛抱強く取り組み、心を砕いてきました。新しい道具や新しい技術を使いこなすことも学んできました。私たちは、今あるものを大切にしてきました。シンプルに生きてきました。 これらは、あなたが本当に持ち帰ることができるものです。これらは、私が「精神衛生」と呼んでいるもので、体をケアするのと同じように、心もケアしなければならないと考えています。ここでもう一度、ひとつずつ紹介します。 1. 整理整頓。山は厳しいから、整理整頓が必要です。しかし、戻ってからの世界はもっと複雑で、寒さや風や雨といった目に見えるものだけでなく、もっと過酷なものなのです。整理整頓ができれば、その嵐を乗り切ることができます。 2. 徹底していること。ここでの生活では、物事を中途半端にしておくと、どのような結果になるか、容易に理解できます。もどってからの世界は、中断、気晴らし、刺激が多いので、物事を中途半端にしてしまいがちです。気がつくと、進行中のプロジェクトの山に埋もれ、方向を見失ってしまいがちです。 3. 心構え。ここでの生活では、あらゆる天候に備える必要がありますが、もどってからの世界では、あらゆる事態に備える必要があります。ルールはなく、くだらないことやどうしようもないことが起こり、備えていた人だけがバランスを崩さないでいれるのです。 4. 自分自身を大切にすること、そして、ここでの生活よりももっと積極的に実践すること。混雑、騒音、スケジュールなど、環境的な害はさらに大きくなります。一人になって考える時間を持ちましょう。花、音楽、人、あるいはしっかり準備した夕食など、美しいもののそばにいることの癒しの力を過小評価してはいけません。 5. 基本に忠実であること。自炊を続け、寝る場所は意識して選ぶ。自分や友人の小さな怪我に気を配る。複雑な乗り物や道具の仕組みを学ぶ。戻ってからの世界の方がはるかに気が散って、基本から引き離れやすくなります。 6. 人と一緒にリスクを冒すことを継続しよう。あなた自身がどれだけ生き生きしていられるかは、他者との関係がどれだけ生き生きしているかによります。戻ってからの世界にはもっとたくさんの人がいるのに、なぜか親密度が低くなってしまうでしょう。誰かと車に乗るということは、その人に自分の命を預けるということであり、危険はまだ存在していることを忘れないでください。親しくなれない理由があるようなら、よく考えてみましょう。 7. 一見重要そうに見えるものでも、手放し、なくてもやっていけることを忘れないでください。ここでの生活は、熱いシャワーはなく、フォークと頭上の屋根があるだけです。しかし、いろいろなくてもやっていけます。最終的には、私たちみんな、なくてもやっていくのは、人であり、特に、ないということが、喜びをさまたげるわけではないことを覚えておきましょう。 8. 困難なことを我慢する。山のように具体的でなく、シナモンロールのようにすぐに報われるものでもないかもしれませんが、世界は辛抱する人に開けます。自分の我慢に対して何のサポートも得られないことも多いかもしれないけど、それは他のみんなの理解が追いついていないのかもしれません。 ...

ユーモアと弱さの認識 -PP語録Leadership編

WEAの創始者Paul Petzoldtの語録シリーズで長々とひっぱっていますが、最終回Leadershipに関するquoteで締めたいと思います。アウトドアリーダーとしての責任・役割に関するものや、リーダー=望ましい人間性としてのとらえ方がみられ、そこからポールのwilderness education に対する思いが見えてきます。 まずはアウトドアリーダーとしての責任・役割に関するものから。 “outdoor leadership is the ability to plan and conduct safe, enjoyable expeditions while conserving the environment. (l984)” ”アウトドアリーダーシップとは、環境保全に努めながら安全で楽しい遠征を計画し、実行する能力である.” こちらはいわゆるOutdoor leadershipの定義のような言葉ですが端的に説明してあり、よく引用される言葉です。“環境保全に努めながら、”とあえて付け加えてあるところがwildernessへの強い思いを持っていたポールならではですね。 また、wildernessという環境へ人を連れていくということの責任の重さを表す言葉も、多く言い伝えられています。”Don’t take someone into the backcountry unless you are willing to face ...

牛のように反芻を・・・PP語録 judgment編

PP語録第3弾、今回は「判断」-judgment-です。WEAといえば、judgmentとリーダーシップと言われるほどのWEAらしさを象徴するものです。Judgmentと意思決定(decision-making)は多くの場合同時に行われるものであり、状況に適した効果的な意思決定を行うための判断力の育成をWEAカリキュラムは重視しています。今回はこの判断と意思決定に関するPP語録を紹介します。多くの言葉が、ネイティブアメリカンの言葉や生活様式、自然に関するたとえが多いことが特徴です。遠征中の状況には非常にしっくりくるのでしょうね。 White man fire 直訳すると、“白人の火“となりますが、不必要に大きなボンファイヤーという意味だったようです。ボンファイヤーとは、もともと教会の行事が起源でしたが、キャンプなどで初日の夜など、火を焚いてそのまわりに人々が集まり、交流・親睦を図るものとして定着しています。その火はみんなが目印となり、集まってくるようにと大きくて威勢のいいものが作られますが、そんな火はwildernessでの遠征中には必要ありません。何も考えず、ただ大きな火を燃やすのではなく、食事作りや、憩いなどどのくらいに大きさの火が必要か、またその場に適した火のサイズはどの程度か考え、判断し、「適切な」火の使用をするようにという教えだったようです。そのためポールは、”white man fire”を見つけると、即鍋ごとひっくり返して消したそうです。また、食べ方についても、”Eat like Indians“という言葉を使い、ネイティブアメリカンのように、食べ物があるときに、あるものをありがたく食べなさいと教えたようです。シンプルな教えですが、参加者のほとんどが白人であり、白人であることに優越感を持っている人々に対して、インパクトのある言葉であったと想像できます。そういった固定観念を覆し、ただ当然に物事を捉えるのではなく、状況に応じて考え、適切に判断するよう説いているのでしょう。 Chew the cud / Have a cow-like nature 直訳すると、”反芻しなさいー牛のような性質を持って”となります。遠征では、時に感情的になったり、人の性格が衝突したりという対立がおこることがありますが、人のコメントや態度に即反応するのではなく、一旦飲み込み、その状況や意図、背景を考え理解してから判断し、対応するようにと勧めたそうです。そうすると、ただ感情でぶつかるのではなく、より建設的なフィードバックをすることができるかもしれないし、そういったスキルを向上するきっかけとなる。また、争ってもしかたないこと(宗教や信念、政治など)については、わざわざ遠征中に対立しても仕方ない。牛のようにゆったりかまえ、リラックスして、いちいち興奮したり小さなことに振り回されたりせず、自分を見失わないように。そういった姿勢が遠征の健全でよい生活環境を作り、よりよい判断を行うベースとなると説いたそうです。また、cow theory (牛理論?)といって、なかなかメンバーが動き出さない時、大声を出してグループを統制しようとするより、ただ黙ってゆっくり歩きだすと、メンバー全員が自然にゆっくりついてくる、という理論も習いました。どうやら遠征行動は牛に倣うところが多くありそうです。 Me no lost, tepee lost. Meet at the oak tree. 「自分が迷ったんじゃないよ、ティピーが迷ったんだ。」という迷った時の言い訳に使われたそうです。ちょっと親近感が湧きますが、迷ったときは、見つけるために、判断の基準となる確かな手がかりを見つけなさいという意図が含まれていたようです。また、Meet at the oak treeは、「ナラの木のところで会おう」なんていういい加減な計画で、ちゃんとたどり着けるわけがない、迷って当然。信頼できる根拠・手がかりを基に判断し、計画を立て、その計画を明確に伝え、全員が理解してようやく全員が迷わずに目的地へたどり着けると説明したそうです。 ...

ラスベガスでの勝ち目を見極めろ! PP的リスクマネジメント

前回に引き続き、PP語録ですが、今回は安全に関する言葉を紹介します。ポールは、いろんなエピソードからなかなか無茶苦茶な人柄だったことがうかがえますが、安全に関してはかなり慎重派だったようにうかがえます。 No matter how the sky is blue, don’t ask me why, put the fly on.「どれだけ空が青かろうが、理由なんかきくな、テントにフライをかけておけ。」 ポールがWEAコースを行っていたワイオミング州や、アウトワードバウンドのコースを行っていたコロラドは、夏は非常に晴れの日の多く安定した気候の土地ですが、あの土地でこの言葉というのは、非常に慎重だなと思います。「天気を予測できるのは誰?バカだけだ。」という言葉もよく言ったそうですが、「ある程度天気を予測することは大事だが、完全に予測できるものではない。常に最悪の状態に備えておけば、50年に一度の嵐が来ても生き延びられる」と説明していたそうです。彼のリスクマネジメント哲学が見えますね。 If they say they’ve climbed the Matterhorn, take an extra rope. 「もし一緒に山に登る人が、マッターホルンも登ったことがあると言ったら、予備のロープを持っていけ」 これも有名な言葉なのですが、一緒に登る人が自分自身を正確にアセスメントできている人かどうか、そうでなければパーティー全体が危ない目にあうことになるぞという警告です。おそらく過去によほど痛い目に遭い、その教訓なのでしょうね。リスクの高い活動をするならなおさら、人にも装備にもそれなりな備えをということでしょうか。 “Let’s do a Nick the Greek”–Look ...

Rules are for fools. PP語録~教育編~

アメリカの野外教育現場で非常に効果的だなと感じた手法が、言葉の引用です。英語ではquoteとか、単にsayingと言ったりしますが、野外教育に限らず、教室の授業や実技でもよく活用します。Outward Boundは特に使っていた印象がありますが、“今日の言葉”というようにブリーフィング、あるいはディブリーフで用いたり、そのテーマでジャーナリングを行ったり、レッスンの中で使うなど用途も広く、非常に効果的だと思います。Paul Petzoldtの言葉は、彼の哲学や人柄が現れ、独特かつ説得力もあり、彼のセンスの鋭さが伝わってきます。ティーチアブルモーメントを判断し、活用すると、この上なく効果的です。今回は教育関係の言葉をいくつか紹介します。ぜひ指導に取り入れていってください。 ① Rules are for fools.  “ルールはバカのためもの。” Judgement(判断)についての指導でよく使われる言葉です。イギリスの首相であったチャーチルの言葉を引用したものかもしれません。自分で考え、判断できない人のためにルールはあるのだということだそうです。 もちろんルールを完全に否定していたわけではなく、全員納得の上でのルール設定は、グループとして絶対的に大切にすべきものとして有効です。例えば、グループノーム(グループコントラクト)の設定や、インストラクターや組織としての絶対的なルールは必要です。ただ、何も考えずルールだから仕方ない、というのではなく、その意味を理解したうえで、実行することの必要性、逆に現状にそぐわないルールは考え直すよう問いかける意味があったようです。グループノームはグループダイナミクスによって変化して当然です。 有効なやり方だなと思ったのは、スタティックルールとダイナミックルールの設定です。スタティックとダイナミックとは、ロープの特性で、クライミングをやっている人は知っていると思いますが、スタティックはレスキューロープとして使われる伸び縮みしないロープです。ダイナミックロープは伸縮性があり、クライミングでのフォールの衝撃を吸収してくれますが、フォール時に伸びた分だけ下に下がるため、低い場所でのリスクが高く、消耗も早い。つまり絶対的に例外なく従うべきルールと、状況による判断の必要となるルールという違いです。スタティックルールは、暴力禁止、違法薬物の禁止などです。ダイナミックルールは、基本的には従うべきルールだけども、状況に応じて他を優先するかもしれないという意味です。“ギアや自然を大切にする”というルールは、命に係わる状況では、優先されないかもしれません。“グループ行動”なども、教育上、安全上優先されないこともあるかもしれません。やはりキーはjudgementです。 Educate, don’t legislate! “決まりを押し付けるのではなく、教育しろ!” この言葉もよく言われたそうですが、同様ですね。そういうものだから~と思考停止になることこそが危険であり、思考のトレーニングにウイルダネスは最適な場所です。 ② Don’t give me college answer, tell me why. “大学の回答みたいな答えはいらない、理由を説明しなさい。” 初期のWEAコースは、参加者ほとんどが大学教員だったそうです。その参加者に対して、この言葉は、相当なインパクトだったでしょうね。同様に“Words mean nothing.(言葉は何も意味がない)”ということもよく言ったそうです。わかった気にならず、しっかりと状況を理解し、深く考え、自分の言葉で説明する。核心を突く言葉です。私自身、大学教員として、学生に論理性やら、因果関係やらと大学らしい言葉を使いますが、要はこれですね。自戒のために、時々思い出すようにします(反省)。 ③ If you are not comfortable, you are not doing right. “もしあなたが心地よくなく感じているなら、それはあなたが正しいことをしていないということだ。” 私の一番のお気に入りです。どこか心地よくなく感じる感性は、とても大切な機能です。 ...

エクスペディションで食を通して命に向き合う

日本でもBlack Fridayという言葉が広まってきました。なんのセールだかわからないけど、年明けまで待たなくてもバーゲン始まってる?って感じでしょうか?ご存じの方も多いとは思いますが、アメリカでは11月第4週木曜日をThanksgiving Dayといい、家族が集い、収穫の恵みへ感謝する休暇です。七面鳥を焼き、ご馳走を作り、食事や家族での時間を満喫します。その翌日が金曜日であり、一気にクリスマス商戦がスタートすることから黒字へ転換する日としてBlack Fridayだそうです。Black Fridayは徐々に広まってきましたが、七面鳥の丸焼きはあまり広がりませんね。日本ではおめでたい食事の象徴として鯛が出てきたりしますが、やはりアメリカでめでたい席には七面鳥の丸焼きなど大きな肉の塊は欠かせないようです。肉をいただくということは、狩猟民族としての原点を感じるというような意味合いもあるのでしょうし、現在も狩り(Hunting)はメジャーな趣味であり、狩り自体をプログラム化しているアウトドアプログラムも多く存在します。私も野外実習中にライフルを持ってきているインストラクターに驚き、森の中で撃たせてもらったこともあります。文化伝承・アイデンティティの伝承のような意味合いもあるのでしょう。Wilderness Expeditionにおいてもそういったアメリカらしさは取り入れられていたようです。 Paul Petzoldtが始めた初期のWEAコースは、全くアウトドア経験のない人をエキスパートにする5週間だったようです。以前紹介したように、“Don’t move for the sake of moving. Group move from one teaching site to the next teaching site”. 「移動のために動くな、グループは学習サイトから次の学習サイトへ移動する」ことを継続しながら、多様な状況での判断・意思決定を行い、リーダーシップを磨き、個人としてまたグループとしての成長を遂げることを目指していましたが、長期遠征では様々な問題や衝突が生まれます。それこそが生きた教材だったようで、そんな時こそ真の人間の姿が出てくると、そこから目をそらさず、向き合え、“Let’s see the real people.”とよく言っていたようです。その人間性が特に露わになるのが、グループとしての食料が枯渇しつつあるときだったようです。 今のWildernessプログラムでは、バックパッキングのスタイルでは通常7-10日が自分で食料を運んで遠征を続けられる限度であると言われ、7-8日に1回食料補給をするルート設定を行います。カヤックやヨットなどのプログラムではもう少し長いスパンでの遠征も可能です。山をベースとしたプログラムではすべて自分で運ばなければならないので、1日当たり食料の重量としては1kg程度、さらに水や他の装備と合わせると自力で運ぶことのできる重量は1週間程度、かなり頑張って10日間となります。それでもやはり5日目を過ぎると、残っている食材は内容や量が偏り、いかに工夫し、メニューを考え、調理し、食事を楽しむかが課題です。みんな疲れもたまり、食欲が進まなかったり、あるいは食料不足でエネルギー不足だったり、グループの士気に大きな影響を与えます。そんな時は決まって“ポットラックパーティー。”余り食材を集め、使えそうな食材から試行錯誤して調理した料理を持ち寄り、楽しくおいしい食事会。そこで知恵や調理の工夫・スキルを学び、質素ながらもパーティー気分を味わい、心の充足も味わいます。残りの日々は、次の食料補給を心待ちにしながらひたすら残り食材を工夫してしのぎます。待ちに待った補給の日(re-supply day)に、食料袋に次の1週間分の食料を積み込み、再出発するときはずっしりと重たくなったザックに苦しみながらも食料を手に入れた安心感と次の挑戦への意欲を感じます。 1週間単位での補給でも不十分さを感じていたのに、5週間をどうやって凌いでいたのか、どうやって補給を行っていたのか、そこにはいろんなストーリーがあったようです。私が最も印象に残っているのは、Paulは遠征に山羊を連れて行っていたということです。5週間のうち、何度補給があったのかはわかりませんが、今よりは頻度は確実に少なかったでしょう。また、装備も大きく、重く、かさばっていたはずです。山羊は食料や装備の運搬に非常に役立ち、遠征のメンバーの一員として、グループを助け、癒し、重要な存在となっていったそうです。そして、遠征後半になり、食料が尽きてくると、最後は食料となり、グループへ貢献するという役割りだったようです。 遠征後半、それまでの活動の疲労の蓄積、緊張感・ストレスの高い活動の連続、新鮮味のなくなった野外生活、特定のメンバーとの長い共同生活、衝突する要素は日に日に増加する状況での追い打ちをかける食料不足。イライラしたメンバー間での食料をめぐるトラブルは絶えず、Expedition Behaviorは危機的状況。おそらくそのころがFinal ...

Wildernessへの遠征~Paul Petzoldt part2~

WEAの創始者Paul Petzoldtのpart2です。彼については書くことが多すぎて何回続くかわかりませんが、せっかくですので、知っていることを残す意味でしばらく継続しようと思います。実際、WEA関係者以外にあまり有名な人ではないのですが、やはり冒険教育分野での貢献は絶大だと思うので、WEA関係者はプライドを持ってポールについて語りついでいきましょう! たくさんの貢献がありますが、私個人が思う一番の貢献は、イギリスから入ってきたOutward Bound(OB)をアメリカのwildernessという地を活用した遠征(Expedition)という形態で展開したことだと思います。1962年にコロラドでJosh Minerらが始めたOBプログラムで初代チーフインストラクターを務めたようですが、イギリスでは自然環境は活用されていましたが、あまりwildernessではなく、また遠征というより施設を利用した実施が中心だったと言われています。それがどのようにwilderness expeditionにて展開されるようになったかは、知られていません。私はコロラドのOBにて3シーズンインストラクターをしましたが、今は閉鎖されてしまった歴史的に重要な2つ(MarbleとSilverton)と、現在も中心的な大規模ベース(Leadville)という3つの支部にてそれぞれのシーズンを過ごせたことは非常に幸運でした。その中の一つ、最も古いMarbleのベースが閉められる最後の年に数週間過ごさせてもらい、その歴史を体感できたことは印象深い体験です。Marbleベースまわりのコースロケーションには、Walshや、Golin(プロセスモデルで有名ですね!)、Tap Taply(ソロを始めた人?)など有名な初期のインストラクターの名前の付いたピークや地名が多くあり(地図上には載っていません)、独特のルートや宿泊地、ロックサイト、サミットルートなどそれぞれに初期のインストラクターの情熱が感じられました。当時どのようにプログラミングされていたかはわかりませんが、イギリスから伝わってきたOB理念をアメリカンロッキーのwildernessで遠征という形で展開したことは、最高にクールなアメリカンスタイルだと思います。そしてそのwilderness expeditionを冒険教育実践の中核として発展させ、指導者を育てるためにその指導法や教育思想を確立させたことこそがポールの貢献であり、Kurt Hahnが冒険教育の父なら、ポールはWilderness Educationの父であると私は勝手に授業などで話しています。そして、wilderness educationが冒険教育実践に最も効果的な方法であると信じています。実際多くの重要な冒険教育のトピックはexpeditionから生まれています。以下、expeditionに関するポールの教えや考えなどを紹介します。 Expedition Behavior(以下EB)(遠征における集団行動心得) OB,NOLS,WEAという代表的な冒険教育団体すべてにおいて重要視している教育トピック、みなさんおなじみですね。みなさんそれぞれどのように説明しますか?これについては、冒険教育の指導に関わる人であれば、一度は必ず原文(Wilderness Handbook, 1974)を読みましょう!1938年のアメリカ登山隊K2遠征の一員としてポールは参加しましたが、K2登頂は果たせませんでした。遠征隊長とポールが当時の北アメリカ人としては無酸素での最高到達点へ達しましたが、遠征隊としては登頂に失敗したことについて、登山技術や天候、運が原因ではなく、EBがなっていなかったからであると後に話していたそうです。つまり、隊員が自分勝手になり、遠征隊の集団としての機能が破綻していたからだそうです。 以下Wilderness Handbookからの引用です。 An awareness of the relationship of individual to individual, individual to group, group to individual, group to ...

Paul Petzoldt part 1.

WEAの創始者Paul Petzoldtについては、やはり取り上げたいと思います。私は、非常にラッキーなことに、ポールと共にWEA発展に貢献された方々から、ポール直伝の指導について学び、インストラクターとして育てていただきました。また、アメリカのWEAナショナルオフィス勤務時代に携わった多くの方々からもポールに関する面白いエピソードを多く教えてもらいました。伝え聞いている内容が必ずしも正確な情報ではない可能性は大いにありますが、そこも含めてレジェンドだと思いますので、そのままみなさんと共有したいと思います。 まずはみなさんご存じでしょうが、略歴から。 Paul Petzoldt 1908年アメリカアイオワ州生まれ、アイダホ州育ち。ワイオミング州のGrand Tetonへ16歳の時最年少登頂記録を樹立。ジーンズにカウボーイブーツでの登山による苦戦経験から、登山装備と技術の重要性を学び、その後時々ガイドとして働く。登山家として1938年のアメリカK2アタック隊に参加、登頂はならなかったが、隊長と共に当時の北アメリカ人としての無酸素最高地点到達者となる。K2失敗の原因を天候やスキル、運などではなくExpedition Behaviorであると後に説いた。登山家として様々な登山テクニック(rhythmic breathing, sliding middleman, energy consumption techniqueなど)を開発、アメリカ陸軍サバイバルインストラクターの役割も果たす。農業や車のセールスマンを行うもうまくいかず、1962年にコロラドに開設されたOutward Bound USAにて初代チーフインストラクターとして野外教育指導を始める。指導者の質の向上のため、1965年にワイオミング州にNational Outdoor Leadership School(NOLS)を設立。個人事業(ギアショップ)の経営と非営利団体NOLSの経営を混同させたことからの経営トラブル、さらに妻との問題から、NOLSを去る。その後未来のアメリカのWildernessのための教育の重要性を痛感し、全米各地から大学教員を呼び出し、5週間のwilderness educationを開始、大学カリキュラムとして確立し、WEA設立へとつながった。イギリスより導入されたOutward Boundによる冒険教育をWilderness環境にて展開するWilderness Educationを確立した。National Standard Programや野外救急法といったCertificationを重視する時代の流れとともにフィールドから離れがちになったが晩年まで勢力的に教育・登山活動を続け、80代後半になってやはり原点は子どもの教育であるとし、Paul Petzoldt Leadership Schoolを設立、1999年没。 こちら、2016年のWEAJカンファレンスにて実施したPPについてのワークショップにて、参加者のみなさんと一緒に作成した年表です。冒険教育者としての偉業と共に、私生活についてもなかなか波乱万丈だったようですね。若いころ、イケメンだったようです! メディアや冒険教育関連文献に紹介された彼の肩書の数々には以下の記述があります。 “浮浪者時々山岳ガイド”、 “歴史的ワル”、(Adventure Journal, 2016) US陸軍避難テクニックインストラクター世界的登山家 「最年少Grand Teton登頂」「K2登山、無酸素での最高地点到達記録」 ...